2011年7月31日日曜日

中沢新一著「対称性人類学」を読んで

            中沢新一著「対称性人類学」(講談社、2004)

 中沢新一のカイエ・ソバージュシリーズ全5冊を「古代社会において人類が開発した思考方法が、現代社会改善のために、再発見・再活用する意義があるのか?」という視点から読んでみました。シリーズ最終5冊目「対称性人類学」は関係情報を集成し総括した内容になっています。従って、私の感想も自分なりに結論的なものになりました。

1 諸元
著者:中沢新一
書名:対称性人類学 カイエ・ソバージュⅤ
発行:講談社
発行年:2004年2月10日
体裁:単行本(18.7×12.5×1.9cm)302ページ
ISBN 4-06-258291-0


2 目次
はじめに
序 章 対称性の方へ
第一章 夢と神話と分裂病
第二章 はじめに無意識ありき
第三章 <一>の魔力
第四章 隠された知恵の系譜
第五章 完成された無意識 ― 仏教(1)
第六章 原初的抑圧の彼方へ ― 仏教(2)
第七章 ホモサピエンスの幸福
第八章 よみがえる普遍経済学
終 章 形而上学革命への道案内
謝 辞
索 引

3 「はじめに」抜粋
「『カイエ・ソバージュ』の最終巻をなすこの第五巻では、シリーズ全体の展開を導いてきた『対称性』の概念を、ひとつの公理系にまで発達させようという試みがおこなわれている。
対称性の考えによって、私は神話的思考の本質をあきらかにしようとすると同時に、『無意識』の働きに格別の価値を回復しようともしている。この点で、『野生の思考』をめぐる構造人類学の可能性を現代に取り戻そうとする私の思考は、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』とまったく同じ土台に立っていると言える。対称性の論理で作動をおこなっている『無意識』は、欠けたところのない充実した流動的知性としての本質をもっている。いっぽうで認知考古学の研究は、現生人類としての私たちの『心』の形成を可能にしたのは、この流動的知性の発生にあったことをしめしている。つまり、『無意識』こそが現生人類としての私たちの『心』の本質をなすものであり、非対称性の原理によって作動する論理的能力は、この『無意識』の働きに協力しあうものでこそあれ、それが人類の知的能力の本質であるなどとはとうてい言えないことがわかる。私はこの対称性人類学という学問をもって、現代に支配的な思考に戦いを挑もうとしている。
こうして神話論(第一巻)、国家論(第二巻)、贈与論(第三巻)、宗教論(第四巻)の全体を巻き込みながら、この第五巻を核として『カイエ・ソバージュ』はひとつの星雲としての姿をあらわすことになった。私はこの本で、対称性人類学という名前をもったひとつの一貫した思考によって、レヴィ=ストロースの神話論、クラストルの国家論、マルクスの経済学批判、バタイユの普遍経済学、ラカンによる無意識のトポロジー論、ドゥルーズの多様体哲学などにしめされた思想の、今日的な再構成を試みようとした。それによって、9・11以後の世界に、真の意味で役に立つことのできる思想というものを生み出したい、と願ったのである。

4 グローバリズムの正体
 この書では最後に、グローバリズムの正体が宗教、社会体制(国家)、経済体制(資本主義)、科学における「形而上学化」という「同型」による世界支配の全面化であることが述べられています。これがこの書の結論であると思います。次のように論が展開されています。

4-1 「形而上学化」という「同型」について
●宗教についていえば、精霊的社会から原初的抑圧が生じて多神教社会が生まれるが、それをさらに全体として抑圧して一神教社会が成立する。その結果、多神教社会にはまだ少しは残っていた対称性無意識とは全く切り離された(形而上学化した)社会が生まれたというプロセスがあります。
●こうした対称性無意識と全く切り離す(形而上学化する)「同型」のプロセスが国家の成立、資本主義、科学にもあることが詳しく述べられています。


            宗教の形而上学化の説明図

            国家の形而上学化の説明図

            資本主義の形而上学化の説明図

4-2 グローバリズムの正体の説明(抜書き)
宗教の領域の形而上学化を完成したのは、キリスト教による一神教です。権力をめぐる人類の思考を形而上学化したところに、国家が生まれてきました。そして、贈与経済で動いていた社会において、富をめぐる思考を形而上学化して、その中から資本主義を出現させたのも、ホモサピエンスの『心』のうちにある、同じ型の思考の働きでした。ここに科学をつけ加えても、なんの問題もおきません。これらはすべて『同型』のプロセスにしたがっています。
『一神教』と『国民国家』と『資本主義』と『科学』-これらがひとつに有機的に結合できる条件をそなえていたのは、地球上に近代の西ヨーロッパをおいてほかにはありませんでした。西ヨーロッパ世界は、社会生活のすべての領域で、数百年をかけて『形而上学革命』をとことんまでなしとげていたので、こういうことが可能になったのです。しかも『一神教』『国民国家』『資本主義』『科学』は、いずれも形而上学の形態として、『同型』をしめしています。超越性をめぐる人類の思考に形而上学化をほどこせば、そこからキリスト教型の一神教が発生します。権力についても、経済的価値についても、まったく『同型』の作用を加えれば、そこから国民国家や資本主義が生まれてこられるようになっています。そればかりか、『具体性の科学』とレヴィ=ストロースに呼ばれた野生の思考を形而上学化すれば、そこから錬金術を通過して、近代科学の思考が生まれ出てくるでしょう。
『同型』による支配が全面化されていくこと-これがグローバリズムの正体なのだと思います。どうして世界はグローバル化していくのか?それはホモサピエンスの『心』に、形而上学化へ向かおうとする因子が、もともとセットしてあるからです。その因子がはらんでいる危険性を昔の人間はよく知っていたので、それが全面的に発動しだすのを、対称性の原理を社会の広範囲で作動させることによって、長いこと防いできました。それを最初に突破したのが、一神教の成立だったのです。その意味では、モーゼとヤーヴェの出会いほど、人類の命運に重大な帰結をもたらしたものもないでしょう。宗教をゆめあなどってはいけません。


5 感想
●私の問題意識「古代社会において人類が開発した思考方法が、現代社会改善のために、再発見・再活用する意義があるのか?」に対する感想は次のようなものです。

ア 中沢新一は宗教、国家、資本主義、科学の真の出自、素性を知ることにより、その特殊性、限界を明らかにしています。これを対称性人類学として位置づけています。中沢新一を動かすエネルギーの原点は学問の確立(人類社会の理解)にあるように感じます。

イ 中沢新一が紹介し体系化した知識は人類社会の改善のための(人類社会が生き延びるための)基礎知識として大変重要なものであると感じます。

ウ 中沢新一はこの体系化した知識(対称性人類学)が今後の人類社会改善のために大切であることを例えば次のように述べています。
『神の発明』の中で私は、『神は死んだ』というのは本当かもしれないけれども、その後の世界で私たちは精霊や聖霊や天使の存在を取り戻していく必要があると書きましたが、グローバル資本主義の先に出現すべきものは、このような超細な思考のフィルターをくぐってあらわれる『繊細の精神』を組み込んだ、オルタナティブな資本主義の形態ではないのでしょうか。

エ 中沢新一は9.11から強い刺激を受けてこのシリーズを書いたのですが、このシリーズが当面の社会改善の方策に触れているところはありません。

オ 中沢新一が体系化した知識(対称性人類学)を知れば知るほど、現代社会に対する問題意識が深まり、発言したい事柄も増え、社会改善方策のアイディアも沢山浮かびます。この書はこうした効果を世の中にもたらしていると思います。

カ 私が直接的に期待した現代社会改善方策のヒントになる記述はありませんでした。

キ 結論として、私の質問(問題意識「古代社会において人類が開発した思考方法が、現代社会改善のために、再発見・再活用する意義があるのか?」)が適切ではないことがわかりました。この質問を廃棄します。これに変り、次のような質問を設定して、今後の古代や対称性人類学の学習を進めたいと思います。
質問「対称性無意識との繋がりを復活させるような方策とはどのようなものか?それはどのような社会改善効果が期待できるか?」

●このシリーズ特に第5巻は、広い分野の知識を一つの方向に収斂させて、人類社会の文明原理と特性(特殊性と限界)を華麗に明らかにしています。私は期待以上の知識を得ることができ、大いに得をした感じを受けました。

●中沢新一のこのシリーズ(カイエ・ソバージュ)に対する社会の評価について知りたいと思います。

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