2011年7月24日日曜日

中沢新一著「神の発明」を読んで

            中沢新一著「神の発明」(講談社、2003)

 中沢新一のカイエ・ソバージュシリーズを「古代社会において人類が開発した思考方法が、現代社会改善のために、再発見・再活用する意義があるのか?」という視点から読んでいます。今回はシリーズ4冊目「神の発明」です。

1 諸元
著者:中沢新一
書名:神の発明 カイエ・ソバージュⅣ
発行:講談社
発行年:2003年6月10日
体裁:単行本(18.7×12.5×1.2cm)208ページ
ISBN 4-06-258271-6


2 目次
はじめに
序 章 スピリットが明かす神(ゴッド)の秘密
第一章 脳の森の朝
第二章 はじめての「超越」
第三章 神(ゴッド)にならなかったグレートスピリット
第四章 自然史としての神(ゴッド)の出現
第五章 神々の基本構造(1) ― メビウス縫合型
第六章 神々の基本構造(2) ― トーラス型
第七章 高神から唯一神へ
第八章 心の巨大爬虫類
終 章 未来のスピリット
索 引

3 「はじめに」抜粋
この書の要約として読むことができると感じた部分を、抜粋引用します。
はじめ『超越性』の直観は、『スピリット』の活動として表現され、さまざまなタイプの探究が試みられることになった。スピリットはじつにさまざまな呼び名と形をとりながら、あらゆる人間の心に住みついてきた。いろいろな社会のスピリットについての思考や表現を見ていて気づくのは、それが精神的なものと物質的なものとの、ちょうど境界でおこる現象として、奇妙なマテリアリテ(物質そな性)を具えていることである。日本古語の『モノ』ということばの深遠な含意を思い起こしていただくだけでも、そのことはよくわかる。いまでは『超越性』は神(ゴッド)の世界の特性として、感覚の彼方に引き上げられてしまっているが、はじまりの状態でのそれは、形而上でもなく形而下でもない、物質でもなく精神でもない、不思議な第三の原素材としての性格を、はっきりと具えていたことがわかるのだ。
この心の胎児とも心の原素材とも言うべきスピリットが、さまざまなトポロジー変形をおこしていくときに、神の形象がかたちづくられていく。いわば『アフリカ的段階』のスピリットに加えられた最初のトポロジー変形からは、多神教を構成する神々の体系がつくられる。その過程を追っていた私自身が驚いたことだが、そのときに心の中でおこる変形過程は、物理学が『対称性の自発的破れ』と呼んで研究してきた過程と、酷似しているのである。ここにも、原素材としてのスピリットの示す半-物質性の特徴がよく示されている。心の科学と物質の科学は、このようなレベルで確実なつながりを見出すことができる。おそらく、そこが二十一世紀の思考の、ひとつの重要な突破口となっていくのだろう。
唯一神をめぐる宗教的思考でさえ、同じトポロジー変形の過程によって、思考実験的につくりだしてみることができる。私はゲーテの真似をして、思考実験のフラスコの中に、それをつくりだしてみようとした。スピリットに具わったすべての『徳』と『愛』と『超越性』をもってすれば、唯一神をつくりだすことも不可能ではないことを、示してみたかったのである。その結果思いもかけず、今日の世界を覆っている『非対称性の思考』が人類の心に生まれ出る、その運命の分岐点に歩み出てしまうことになった。現代世界のかかえる最大の困難が、そこから発生している。
人間の心が神を発明するのである。ここには、宗教の本質をめぐるマルクスの洞察が大きな影を落としている。唯一神にかかわる神学や形而上学の問題でさえ、物質的な過程と連動した歴史の中でこそ、はじめて真実の意味が理解される。私はこのように理解された『マテリアリズム』の方法を駆使して、この本で、人間の心にほんらい具わった霊性を擁護しようと試みたのである。

4 感想
4-1スピリット
●スピリットについて、この書でとてもよく理解できました。次の文章の意味が深く理解できました。
スピリットは人間の思考や意志や欲望がいっぱいの『現実』の世界からは隔てられ、閉ざされた空間の中に潜んでいますが、完全に『現実』から遮断されたり、遠く離れてしまったりしているのではなく、密閉空間を覆う薄い膜のようなものを通して、出入りをくりかえしているのです。そして、その膜のある場所でスピリットの力が『現実』の世界に触れるとき、物質的な富や幸福の『増殖』がおこるわけです。

●アマゾンの幻覚による内部視覚、神聖図形、日本語の「モノ」の内容などの話題も強く興味あるものでした。

●アボリジニやインドヨーガ行者の瞑想が「超越」に触れる技術であり、「内部視覚」の体験と一体のものであるということも、魅かれた情報です。

●認知考古学として、次のような情報を紹介しており、この書の基盤が強固であることを実感しました。外の事柄を考えるときにも、とても役立つ知識になりそうです。
流動的知性は、異なる領域をつなぎあわせたり、重ね合わせたりすることを可能にしました。こうして『比喩的』であることを本質とするような、現生人類に特有な知性が出てきたのです。『比喩的』な思考は、大きく『隠喩的』な思考と『換喩的』な思考という二つの軸でなりたっていますが、この二つの軸を結びあわせると、いまの人類のしゃべっているあらゆるタイプの言語の深層構造が生まれるのです。『比喩的』な思考の能力が得られますと、言葉で表現している世界と現実とが、かならずしも一致しなくてもいいようになります。現実から自由な思考というものが、できるようになるわけですね。神話や音楽も、同じ構造を利用しています。ようするに、現生人類の脳におこった革命的変化によって、言葉をしゃべり、歌を歌い、楽器を演奏し、神話によって最初の哲学を開始し、複雑な社会組織をつくりだすことが、いちどきに可能になっていったわけです。

4-2多神教の構造
●グレートスピリットとスピリットの違いが良く理解できました。

●生と死のつながり、縄文土器に描かれた「メビウスの帯」、インド人の輪廻思想も「メビウスの帯」的な新石器思考の名残などの情報は興味津々で読みました。

●スピリット世界の分化、高神High Godtoと来訪神を物理学の「対称性の自発的破れ」で説明していることとその分化の時期と因果を王と国家の発生に重ねて説明しているので、とても説得力のある説明です。

●「御嶽(ウタキ)の神(非対称性、トーラス型の神)、来訪神(低次の対称性、メビウス縫合型の神)」の説明はこの書の中でもとりわけ独創的なものであると思います。それは、柳田=折口説の修正(氏神と来訪神の関係の修正)つまり、氏神は高神=御嶽の神の仲間として旅をしない。来訪神は芸能と祭りが形を変えて果たしていると説明されていることで判ります。

4-3唯一神の誕生
●一神教が成立した過程について次のような説明が行われています。
取り除きや破壊ではなく、『抑圧』がおきたのです。『トーラス型』の宗教的思考によって、『メビウスの帯』のような心の働きを維持しようとしてきた心の機構全体が、抑圧されることによって、表面には出てきにくくなった、そういうやり方で、多神教は一神教に作り変えられたと見るのが、正しいと思います。
この過程は、スピリット世界が多神教宇宙に作り変えられるときにおこったような過程とは、どうも根本的な違いをもっているようです。そのときには、心のトポロジーの構造が、『対称性の自発的破れ』とよく似た精神力学的過程をとおして、ほんものの変化をおこしています。ところが、これまで見てきたとおり、一神教の成立については、そのような心の構造のトポロジーに関わるような、根本的な作り変えはおこっていません。

4-4一神教の影響
●一神教の影響について、この書の最後に次のような記述があります。このような現状認識ができたのは古代からの人々の思考方法を学んだからこそであると思います。素晴らしいことです。古代からの人類の思考方法を深く知ることの意義は重要であり、大切であることが、痛いように判りました。同時に、単純に古代思考方法への回帰が人類にとって起死回生の策であるのか、中沢新一のシリーズ最後の書(「対称性人類学」)に読書を進めたいと思います。
唯一神を生み出すにいたった一神教の思考の冒険は、人間に膨大な知識と富の集積とをもたらしました。現代の自然科学も資本主義にもとづく市場経済のシステムも、もとはといえばキリスト教という一神教が地ならしをしておいた土地の上に、築き上げられたものとして、細かい部分にいたるまで、一神教のくっきりとした刻印が押してあるのがわかります。なぜそんなことが可能になったのでしよう。心の内部を徹底した『非対称性の原理』にもとづいて組織し直すことを、一神教が精力的におこなってきたからです。そして、その原理は、いまや『グローバリズム』という名前のもとに、地球の全域で大きな影響力を行使するにいたっています。
現生人類が『非対称性』に方向づけられて発達させてきた心と、巨大爬虫類の選び取った進化の方向は、たしかによく似てしまっているようです。そのことがどのような恐ろしい未来をもたらすことになるかは、だいたいの結末は私たちにもわかっています。それなのに、大きな方向転換の流れをつくりだすことが、誰にもできないでいるのです。

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