2011年6月5日日曜日

小泉保著「縄文語の発見」読後の感想


1人類学と考古学の進展を踏まえている
 小泉保は「縄文語の発見」の前書きの中で、人類学と考古学の進展を踏まえて縄文時代の言語を特徴付けることが国語学、言語学の責務であると論じ、実際にこの書の第1章縄文文化と第2章縄文人はそれぞれ考古学と人類学の最新成果のサマリーとなっています。それを踏まえて、第3章以下の言語学的考察が行われています。第1章縄文文化、第2章縄文人は文章も分りやすく、私にとって縄文の基礎知識を体系的に知る機会ともなりました。

2日本語起源論の学説を体系的に紹介している
 日本語起源論の学説を体系的批判的に紹介して、それぞれの問題点を明らかにしているので、著者の論じる縄文語起源、縄文語から現代語までの遷移過程が客観的に理解できるようになっています。
 日本語起源の学説は次の3つの型に分けて説明しています。
(1)同祖論(琉球、朝鮮、モンゴル、ツングース、アルタイ、南島諸島、タミル、チベット・ビルマ)
(2)重層論(南方語の上に北方語、北方語の上に南方語、多重説〔古極東アジア語、インドネシア系言語、カンボジア系言語、ビルマ系江南語、中国語〕)
(3)国内形成論(北九州に発生した邪馬台国の言語→東進→畿内方言を征服、日本祖語となる)

3縄文語を比較言語学手法により探し出している
 縄文語を比較言語学手法をツールにして、柳田國男の方言周圏論を参考に探し出しています。
専門的には、弥生語の特色である方言分布、アクセントの発生、特殊仮名遣いの成立、連濁現象、四つ仮名の問題などを探し出した縄文語から解き明かすことによって、縄文語の正しさを証明しています。

4縄文語の成立
 著者は縄文語の成立に関して次のように述べています。
「ただ一つ確実ではないかと考えられることは一万二千年前の氷河期が終わった時点で、人類学者が言うように、南方のスンダランドに住んでいた原アジア人が北上してきて日本列島へ移住したという仮説が正しければ、スンダランドで交流していた南方系民族の言語要素が持ちこまれたことは不思議ではない。この観点から、大野氏の主張するタミル語との類似性や安本氏が算定したビルマ系、カンボジア系、インドネシア系の語彙それに村山氏、川本氏、崎山氏らが主張するオーストロネシア系の単語と日本語との近似性を否定することはできない。また、弥生期に入り二千年前に北九州方面に来入した渡来人により中国語的語彙が日本語に注入されたこともうなずける。
なお、スンダランドから日本列島へ渡ってきた諸種の言語を話す部族の中にアイヌ人も混じっていたと考えられる。ここにアイヌ人の南方起源説の根拠がある。アイヌ人は列島を北上し北海道の一隅で他の部族とは隔離した状態で生活をつづけてきたのではないだろうか。そして、いくつかの他の不明な異種言語は、互いに競合する内に傑出してきた原縄文語に吸収融和してしまったのではないだろか。」

5縄文語から現代日本語にいたる遷移
 著者は次の文章に示される考えに基づいて、縄文語から現代日本語にいたる言葉の遷移を体系だって説明しています。
「とにかく、弥生時代に弥生語なるものがすベての縄文諸語を一掃しこれと入れ替わったと憶測する必要はない。現在われわれが話している方言を逆に手繰っていけば、縄文基語に達するであろう。弥生語も縄文語の一変種にすぎない。ただ政治的中枢を握った人たちの言語として文化的に優位に立ち、他の方言に強い影響力を及ぼしてきたことは認めなければならない。要するに、日本語は縄文文化と共に始まったと考えてよいと思う。そして一万年にわたる伝統をもっていることになろう。これは島国という立地条件に負うところが大きい。」


            縄文語から現代日本語にいたる遷移
 著者はこの図を次のように説明しています。
「図面の中の点線は影響力を示している。日本列島では太古の昔、前期九州縄文語から表日本縄文語と裏日本縄文語が分派し、さらに琉球縄文語が分離したと考えられる。やがて表日本縄文語の子孫が山陽・東海方言となり、裏日本縄文語の方は末裔の東北方言とつながっている。また、前期九州縄文語から別れた琉球縄文語から琉球諸方言が生み出されるに至った。紀元前後には、前期九州縄文語を受け継いだ後期九州縄文語と裏日本縄文語に渡来語が作用して弥生語が形成された。この弥生語の直流の資格をもつのが関西方言である。他方、裏日本縄文語に表日本縄文語が働きかけて関東方言が作り上げられたようである。以上が縄文期から現代に及ぶ日本語成育の足取りであると推考する。」

            後期縄文語方言地図(推定)

6感想
 この書には沢山の言葉の起源検討事例が出てくるのですが、残念ながら「もの」についての事例はありませんでした。しかし、狩猟社会(縄文時代)の言葉が渡来語の影響を受けたにしろ、基本的にそのまま現代日本語に繋がっていることがこの本で分りました。そのことから、私が、岩井國臣→中沢新一→折口信夫と原典を遡り興味を深めている「もの」ということばも縄文時代には使われており、だから狩猟社会の思考方法がその言葉に浸み込んでいると素直に理解できます。

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